わかさの老活五感日記

難病夫婦の老いに負けない 前向き活動日記です。

ロマン漂う祖父の遺品|辞世の歌や遺歌集、欅の箪笥や名入り木箱

祖父の遺品、欅の箪笥の再生

私が生まれる前に若くして他界している祖父には、未だに大切にしている作品や和歌集が残っています。

残された写真や母の話から好奇心旺盛で野心に満ちたロマンあふれる祖父だった事が伺えます。

学業も充分でない貧しい時代に仏を尊び、心に響く和歌を嗜んだ祖父を偲んでみました。

野心に満ちた祖父

母から伝え聞いた話では、祖父は若い頃には好奇心旺盛で野心に満ち、家の長男にも関わらず、親戚数人でカナダに渡り、森林開拓をしながら移住を試みたそうです。

明治から大正の時代ですので、港で船の荷出し作業をしながら、船に乗り込みカナダに渡ったそうです。

 

現代の様にパスポートが有る訳でなく、おそらく密航扱いで渡ったと思われます。

カナダでは人間の背丈程の太さの木を伐採する祖父の若い頃の写真が残されています。

 

その後、祖父や親戚の一部の人は、厳しい現実を思い知らされたのか、帰国して家を継ぐ人生を送ったのです。

カナダに残って定住した人は、今もカナダ、バンクーバー周辺で日系カナダ人として3世、4世が活躍しています。

 

もし、祖父が帰国して居なかったら、祖父の末えいはカナダに存在し、母も私もこの世に存在していなかった訳で、無論娘や孫も居ない訳です。

一人の行動や決断がその後の家系の運命を左右したロマン溢れる話でした。

 

祖父の手作り遺品

昭和初期の山深い山村では、物資も乏しく自給自足の暮らしがあたり前の時代でした。

当時、欅、栗、檜、杉、松等の材木だけは豊富にあった為、ろくろを使ったお盆やお椀等の木地製品を作り、暮らしを支えていた様です。

 

元来、好奇心旺盛で器用だった祖父は、生活必需品は何でも自分で作り、未だに捨てがたい作品を残しています。

 

欅の箪笥

祖父の遺品、欅の箪笥

祖父が作った欅の箪笥を母がタオルやシーツ等の寝具入れとして利用していました。

母からすれば父親が作った箪笥を処分する事が出来なかったのだろうと推測しています。

 

母が倒れ、闘病中に必要な寝具等を整理する内に、痛みや汚れは有るものの、何とか修復出来ないかと、取っ手や金具を外し、リニューアルを試みました。

祖父の遺品、欅の箪笥の再生-2

金具の錆落としや塗装、欅板のペーパー掛けとワックス掛け、引き出しの調整等を行い、綺麗な欅の木目も再復活しました。

母が退院すれば、喜んでもらえると思っていましたが、綺麗になった箪笥を見る事無く、他界して行きました。

 

現代の箪笥は合板が多く使われていますが、欅と杉の組み合わせで、湿度調整も上手く出来るので、私が整理ダンスとして活用しています。

修復中には家具職人では無い手作りを感じる部分は有りましたが、無垢の良い材料ゆえに、祖父→母→私と長く愛用できる遺品となりました。

祖父が作った欅の箪笥のリニューアル中の記事はこちらです。

enjoydiy.info

 

名入り木箱

祖父の遺品、名入り木箱

祖父は、重ね鉢や木皿のセット等を保存する名入り木箱を数十点残しています。

現在は画像の様な小さい木箱数点が残っていますが、木箱には昭和二年、木皿二十人前、祖父の名前が記されています。

 

祖父の名前が記されていなければ、ただの木箱、とっくに処分していると思います。

祖父の想いを大切にしたいと考えています。

 

祖父が残した心に響く辞世の歌

心に響く祖父の辞世の歌

祖父は昭和二十二年の七月に五十八歳と言う若さでこの世を去っていますが、貧しく厳しい時代を生き抜く心の支えに、和歌を嗜んでいました。

祖父の遺歌集を母が編集し、短冊に書き写して残しています。

 

遺歌集の中から特に私の心に響いた辞世の歌二選を紹介します。

 

「幾年に受けしご恩は今はただ
    両手合せて南無阿弥陀仏」

             母上に

 

祖父は病床から自らの死期を悟り、世話になった母親より先に絶つ無念さと申し訳ない心の内を、南無阿弥陀仏と唱える事で表現している様に感じました。

 

「ありがたや
   荒れたる波も静まりて
  弥陀のお船に乗せられて逝く」

             辞世の歌

 

貧しく苦難の生涯を生き抜き、心穏やかに辞世を悟り、お浄土に参らせてもらえる祖父の気持ちが表れています。

いつの日か、私も祖父と同じ心境で迎えたいものです。

 

最後に

私は、祖父が亡くなった5年後の命日の翌日に生まれています。
小さい頃から命日に供える「ぼた餅(おはぎ)」が誕生日の祝でもありました。

そのためか、自分でも祖父の生まれ変わりの様に思えてなりません。

 

好奇心旺盛でロマンを求める所や手作りを好む部分は私そのものです。

これからは、子供や孫の心に響く言葉をどんな風に残せるか、祖父の様な歌心は無いにせよ、長く生き抜いた自分史を綴る事で後世の心に響けば喜ばしいと想っています。

 

和歌は読み手の年齢や育った環境、その時の心境等によって捉え方は様々かと思われますが、辞世の歌に限っては誰もが、心穏やかになるに違いありません。

最後まで読んで頂いたあなたが、少しでも「自分ならどんな風に残せるだろう」と考えて頂けたら幸いです。